其の四
上文では、信仰危機時代の「帝弓派」の動向が提起されていない。それには簡単で意外な理由がある——帝弓派はほとんど活動せず、厳粛な信仰とも見なされなかったからだ。
仙舟人が帝弓を崇めていないという訳ではない。事実、当時はほぼすべての仙舟人が帝弓の司命を偲び、仙舟のために殉じたことに感謝していた。しかし信仰生活になると、死した英雄が神となり仙舟を庇護することなど本気で信じる人は少なかった。
せっかくここまで話したのだ、少し文脈を外して、当文とはあまり関係のないことを書こう。今の時代、多くの歴史関連の公式アカウントが「虚構歴史学者パニック」を煽いでいる。これは歴史普及にとって極めて害悪である。その内、もっとも広く流布され、最も危害が大きい誤伝は、やはり「『仙舟同盟宣言』は既に虚構歴史学者に改ざんされた」だろう。
これを吹聴する公式アカウントの「論拠」はこれに他ならない:「『宣言』に『上は帝弓に至り、下は十王に達す』とあるが、当時、帝弓の司命はまだ登神していない」。しかし読者諸君は当文を読んで「帝弓の司命」という尊号の歴史を理解した、これでいわゆる「論拠」も自ずと破られただろう。
話を帝弓派に戻そう。信仰危機時代では、帝弓派のように真心から帝弓の司命を信仰する派閥は広まらない。存在しない神に感情的価値を求めるより、人々は実際に存在する星神に庇護を求める傾向がある。このような外野的な立ち位置に対して、帝弓派はあがくことなく、ただただ英雄の帰還を祈った。
やがて神矢が顕現し、豊穣の民が巣食う世界を砕いた——そして仙舟人は「帝弓の司命」が本当に存在することを知った。まずは太卜司、そしてカンパニーと学会、各派閥が次々と新たな星神「巡狩」の誕生を確認した。
一夜にして、帝弓派は辺縁団体から補天派と張り合える主流信仰団体になった。
それから起こったことは信仰の違いというより、路線の争い。
補天派の主張は、補天司命の意志に従うべき、仙舟は豊穣の民との戦争を止めるべき。そして帝弓派の主張は、豊穣の民は決して「逃避」と「防御」で対応できる敵ではなく、同盟存続の唯一の道は巡狩の運命を歩み、妖寇を掃蕩すること。
さらに時間が過ぎ、遠征の連勝、帝弓の垂迹、そして狐族と持明が同盟に加わったことで、信仰の天秤が帝弓派に傾いた。約4100年の時、「帝弓の司命」は仙舟同盟の正統な神となった。
このように、仙舟の信仰危機時代は終結し、帝弓の司命の時代が始まった。
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