沈玉の谷

地域
世界百科

穏やかなそよ風に運ばれ、芳ばしい茶の香りが再び璃月の山々を漂う…

ステータス

種別: エリア · 国: 璃月 · 実装バージョン: 4.4

サブエリア

1. 1-1. 遥か昔、の人々は、岩間の清水のように美しい玉を切り開き、古い儀式に従って荘厳な祭りを行っていた。吉日になると、一族の人々は煩わしい労働から抜け出し、美玉を祭器として水に投じて祀った。青い空の上で久しく沈黙している使者を記念し、来年の幸福と災禍を占うのだ。その後、を支配していた魔神が異郷で命を落とし、岩王帝君の秩序がこの地を引き継いだとき、からの文明を受け入れつつも、祭祀の伝統を残していた。果てしない歳月が再び流れ、玉を彫刻する古い技術は失われ、今や玉細工の職人は少なくなってしまった。は璃月港に比べれば小さいとはいえ、大きな港である。やに特産品を輸出し、珍しい品を仕入れている。フォンテーヌのルミドゥースハーバーとは水域を隔てて向かい合っており、長い間、両国が協力しながら治安を維持し、貨物船の安全を確保してきた。また、フォンテーヌを出入りする主流ルートはを通るルートであるため、フォンテーヌから絶えず仕事で客がやってくる。そうして月日が経つうちに、は飲食文化が融合する場所となった。の期間中、茶商の風漣は直送の高級茶「」を十缶で半額で販売しておりが購入していた。同じくも十缶で半額の茶葉を購入したようだ。にはといった商人が居る他、剣鞘鏢局がありが鏢師として働いている。璃月には「」と呼ばれる、地脈の八つの重要な結節点——、、、、、、、——が存在する。その結節点の一つ「生門」は遺瓏埠に位置している。生門は万物の再生と繁栄を司る門で、八門の中では大吉の門とされている。の期間中、「生と死の境界」に異常が生じ、死気が漏れ始めた時、一部の人は急激に老化し始めた。璃月の「天権」であると、往生堂の堂主であるは、という秘術を使って、死門を地脈から隠蔽することを決定した。八門七門の陣は、八門の中から邪気を払うための門を一つ選び、地脈の力を借りて身を消せば、邪気の退路を塞げるというものだ。璃月七星の「玉衡」であるは遺瓏埠に向かい、生門の生気を借りながら、胡堂主の籐人形を媒介にして、死気の拡散を和らげた。このように他の門とも力を合わせることで、胡桃は危機を乗り越えることができた。地脈の問題が解決すると、老化した患者の体内からは死気が取り除かれ、快復に向かった。このサブエリアでは以下の世界任務が発生する。関連項目:1-2. の西にある山はと呼ばれる。ここでという塩を密売している宝盗団と、のが争った。に扮した千岩軍のと鉄明によって、とを一網打尽にした。このサブエリアでは世界任務が発生する。1-3. は、におすすめ場所として挙がっており、の南にある。その宝珠は朝に見に行くと「沈みきっていない月のようだ」と評されている。伝説によると、ができたのは、大きな鯉がをそこに投げ捨てたからだと言われている。その当時、ある魔神が川の流れを変えて、の両岸にいる千岩軍を水没させようとした。しかし、彼女の手下である大きな白蛇と大きな鯉は命令に背いた——白蛇は魔神を足止めして、鯉は身に付けていたをここに投げた(*)。そうして、この川はの力で落ち着いた。それ以来、洪水も起きることなく、人々は川の両岸で平和に暮らしているという。以下のようなにまつわる地元の民謡が残っている。「…幽深なる谷に泉が広がり、霊壇はまず北東岸に現れん…」「…幽深なる山の険しき崖は南西に隠れる。乾陽と臨坤は自ずと隔たりて、長き流れの渦は止まり、美玉はそこに潜む…」これは、川の中央から両岸を見れば、北東と南西にそれぞれ一つの石祠が隠されており、二か所の石祠は、川の中央の大渦を押さえつけているという意味だ。*:白蛇は、鯉はだと考えられる。関連項目:1-4. が安置されていたは、の地下にある。天地に異変が起きた後、の先人たちは天と意思を通わせる能力を失い、月光のように美しい使者の導きも失った。そして、月光のように温かく艶やかな宝玉を川へと投げ入れ、お告げを聞いたり、水と土の回復や豊潤な気候、堤防の安定を願ったりするようになった。こういった儀式は、次第に強い力を持つようになった。ここにあるのは、が最後に投げ込んだ宝玉のである。見た目は普通の玉飾りとさほど変わらないが、その中に秘められた仙力は一瞬で付近の水と土の姿を変えるのに十分な程である。関連項目:1-5. はの南東に位置する。遥か昔、古華派という武芸の門派が創設され、その要地は「王山庁」と言い、に位置する。また、王山庁は元々「霊濛堂」という名だった。今や一門は衰退し、訪れる者もおらず、王山庁を守る者も一部の弟子達のみである。魔神戦争が終結した後、とある船乗りが霊濛山の複雑な流れの渓流に入り込み、夕暮れ時のじめじめした山霧に捕らわれてしまったことがあった。船乗りは、夢の中でも見たことのない青い鳥を見つけ、追いかけるうちに、いつしか眠りの洞窟に入ってしまった。光る玉石と菌類が放つ微かな光をたよりに、船乗りは大昔にいた先人の姿を目にした。彼らは池のほとりに列をなして、聞いたこともない歌を歌っていた。「昼夜暗くただ冥々、独り恨みを含みたり。幽かな風の雨連れて、煙気濛々けぶりたり。」「霊修空しく留まりて、残る月日の少なさよ。ついに君の遅れしを、我ただ一人恨みけり。」歌は、物静かでひどく悲しく、失意の念が込められていた。船乗りが再び洞窟の中で微かな光を放つ彼らに目を向けたが、彼らはまるで来客の存在に気づいていないかのように、次々と玉の飾りを外して、暗い水底へ投げ捨てた。船乗りはいっそう気味悪く思い、来た道に印を付けながら、急いで翹英荘へ引き返した。後に千岩軍が山に入って違法な輩の巣窟を探索したり、測量士が月海亭に地図にない不思議な集落を捜したが、なんの成果も得られなかった。遺瓏埠の名医である藍璟は若かりし頃に探索に向かい、死後、不思議な硯を残した。色は清水のごとく、輝きは蒼天にも勝るという代物だったが、硯の来歴を知ることは叶わなかった。このサブエリアでは以下の世界任務が発生する。関連項目:1-6. はお茶の栽培が有名な地で、の東部に位置する。ある者は、の住民のお茶のたしなみ方は「静」と「探」の二文字に尽きると表現する。心を静めて理解し、茶本来の味を探求する。お茶を味わうのは、忙しい日々の合間に行う習慣のようなもので、ほんの一時喧騒から離れ、心を浄化する一助になるという。また、お茶の種類によってこだわりが異なる。雲来の白豪の場合、葉の形が銀針に似ているため、熱湯は適さない。お湯の温度が沸騰時の七割程度にまで下がるのを待つ必要がある。まず少量の熱湯に茶葉を浸してから、急須に適量のお湯を注ぐ。そのまま静かにしばし待ち、お湯の色が淡い琥珀色になればようやく飲み頃だ。淹れる順序で言えば、碧水の青茗はその真逆だ。先にお湯を注いでから、茶葉を入れる。の銘茶・は、高温で淹れるのがポイントだ。沸騰したお湯を少し放置した後、すかさず注げば良い。には小振りな急須と茶杯がいい。急須に入れるお湯の量はあまり多すぎてはいけない。春茶々房はの有名な製茶工房だ。数千年にわたって伝承されてきた古い技法を受け継いでおり、最近導入した茶煎り機械と組み合わせることで、茶葉の芳しい香りを余すことなく引き出せる。の茶葉が名を馳せたのは、これによるところが大きいのかもしれない。村の中心には茶釜があり、がに与えた仙家の宝物とされている。村の奥には見たことのない草花ばかりを集めていた薬草採りの家がある。彼の家の庭に仙草があり、「仙水」をやらなければ生きていけないのだと彼は言っていた。しかし、彼は三年前、その仙水を手に入れるためにの近くで災難に見舞われ、亡くなってしまった。また、の友達のの家やの実家もこの村にある。ある年のでは、の内外から旅人の友人たちがに訪れた。このサブエリアでは以下の世界任務が発生する。関連項目:2. 2-1. 遥か昔、に初めて茶の木を植えたのはで、その場所はこの丘だったと考えられる。もともとはの土地であったが、彼女が何を植えるか迷っているうちに、が先を越したそうだ。より、この大きな木は「老茶樹王」という名称の可能性が高い。「この木が成長したら、葉を摘んで茶を淹れよう」「その時が来たら、留雲借風と理水畳山たちをここに呼び…」「私の土地に木を勝手に植えたくせに、そんなことを考えるとは」山の王である少女は怒りを露わにしたが、ついお茶の香りを想像してしまった。(来歆の余響より)の茶の木に関して、ある伝説がある。水文、土壌、日照に関わらず、この木はでしか育たない。それは遠い昔、茶の木の苗の傍で旧友と交わした約束を覚えているからだと言われている。「この木が成長したら、葉を摘んで茶を淹れよう」「その時が来たら、留雲借風と理水畳山たちをここに呼び…」「私の土地に木を勝手に植えたくせに、そんなことを考えるとは…」…かつての約束は果たせず、無言の古樹はその言葉を依然として覚えている……今の茶の香りは、既に沈玉の谷の山々に漂い、さらに遠く彼方へと流れてゆく…(ギミックを解いた後に流れるムービーより)このサブエリアでは世界任務が発生する。関連項目:2-2. の老人たちの話によると、はたくさんの蝶が飛び回る渓谷だという。の洞府はその谷の奥に隠れているらしい。薬君は静かなのが好きで、よそ者を歓迎してくれないと伝わっている。の「きままな仙像」も、薬君は安らぎの時間を誰かに邪魔されることを好いていなかったと発言しているため、事実だったのだろう。このサブエリアでは世界任務が発生する。関連項目:2-3. の地下にはが共に作った洞府がある。魔神戦争中、薬君は自身の主と話した際に、不吉な予感がした。そこで、仙力を一部分離して色彩蝶の鱗と羽に移植し、寿命を大きく引き伸ばした。薬君は、何かが起きたとしても、の人間は色彩蝶の導きに従い、自身の残した処方箋を手に入れることが出来るだろうと考えた。関連項目:2-4. のすぐ西側には、というの洞府がある。薬君は人の姿を維持できなくなり、姿を消してからかなりの時間が経った。今この地に残っているのは無数の空っぽの薬籠のみだ。魔神戦争の最後の時まで、窮地を救うという悲願が揺らぐことはなかった。薬君は、かつてここに「仙樹」を植えた。彩蝶と薬壺は、もともと仙樹に栄養を与えるために使っていたが、今は枯れてしまった。しかし、彩蝶を壺の中に入れ、口上を唱えれば、枯れ木に再び生気が蘇る。このサブエリアでは世界任務が発生する。2-5. はよそではめったに見られない変わった山で、夕焼けがすごく綺麗だと言われている。に住んでいた薬草採りは、ここに仙水があると信じていた。また、「草堂拾遺」より、の東へ数里のところに、水がなくとも浮かぶ土の筏があるという。筏には不思議な草が生え、葉が豊かに茂っており、根が幼子に似たという名だそうだ。その音は赤子のようで、筏に合わせて揺れ、人を見れば笑い、邪気を防いでくれるという。『草堂拾遣』原文:懸練山の東へ数里のところに土の筏あり。水は無くともまた可なり。筏には奇草が生え、葉は豊かに茂る。根が幼子に似た、である。その音は赤子のようで、筏に合わせて揺れる。人を見れば笑い、凶邪の気を防く。関連項目:2-6. 老人たちが語る言い伝えによると、の先人たちは遥か南の地から移住してきたそうだ。そして、ここに高天に通じる祭壇を建て、数え切れないほどの壮大な殿堂を残したという。 魔神戦争の際、住民たちは山の獣にこの地まで追い詰められ、死の運命から逃れられないと思いきや、そこで仙人に出会った。その顔は華美を極め、言葉で表せず、まさに空前絶後だった。その姿は壮麗そのもの、称賛の言葉が尽きない。声は清らかなその仙人の名こそであった。がに反乱した際、霊淵は眷属を連れて人々を襲って、二人が用意した避難所へ誘導した。彼女は人間を理解できなかったが、二人の友を助け、その願いを叶えようとする一心での行動だった。の地下の洞窟「黄琮の古跡」にはが待ち構えている。この優雅で驕傲な霊獣は、仙力が漂う深い山にしか生息しない。古来より、この仙獣は福運の象徴とされている。山に身を隠し、俗世から離れて過ごすその習性は、歴代の文人たちにいつも感銘を与えてきた。の地元の古い伝説では、猊獣の長は「山主」と呼ばれ、その地位は往々にして仙人と同等とされる。現在、沈玉の谷でよく知られる「」は、伝説の中の猊獣の動作や表情を模して演じられたものである。しかし実際に猊獣を見たことのある人はごくごく少なく、ほとんどの人は想像によってこの生き物の姿を描くことしかできない。数千年の変遷と芸術的な演出の結果、「獣頭」は最終的に現在のスタイルに固定された。関連項目:3. 3-1. ここは霊脈の集まるに位置する。すでに忘れ去られた古い時代において、先人たちはこの地を「懸圃」と呼んでいた。そして、ここで天と対話をしていたと考えられる。しかし、天地に異変が起きた後、先人たちは天と意思を通わせる能力を失い、月光のように美しい使者の導きも失った。このサブエリアでは世界任務が発生する。関連項目:3-2. の先人はかつてを谷に投げ入れていた。こうして仙力を霊脈に合流させ、郷里の天候を穏やかに保ち、五穀豊穣を祈った。昔の儀式は今はもう忘れられているが、散らばった仙力を最後の玉瓏に集められれば、再びこの地は水と土の恵みを得られるかもしれない。にあるはの休息場所で、仙力で封鎖している住まいだ。彼女は、南の仙人たちのように新しい空間を作り出すことが出来ないため、は「洞天」と呼べるようなものではなく、せいぜい「洞窟」だと語る。に鯉の形となって散らばった仙力であるを集め、ここのに放り込むことで、彼女は力を取り戻すことができる。に初めて訪れた際、にワープし、世界任務が発生する。関連項目:

背景知識

1. 1.1. 起源の先人たちは元々そこに住んでいたわけではなく、代々、紅紫の鉱山(だと考えられる)に住んでいた。部族と世家は鉱坑を中心に生活し、彼らは山に沿って住処と集落を建ててきた。しかし、鉱坑の底に隠されている深き罪悪は誰にも知られず、地下に埋もれている。何らかの理由で高天より層岩巨淵に釘が落とされた後、一族はに移動したと考えられる。この壁画の左部には釘と思しき物が描かれており、それを受けて人々が移動している様を表現していると推測される。関連項目:1.2. 天の使者の導き遥か昔、先人たちは天と意思を通わせることが可能で、月光のように美しい使者の導きがあったという。古い伝説では、岩の間に散らばる玉は碧色の高天から来たとされる。その頃まだ沈黙していなかった使者は、月のように艶やかな玉を先人に与え、天に通じる祭壇を築き、示される幸福と災禍に耳を傾けるよう導いた。これらの高天に通じる祭壇はに多く建てられ、数え切れないほどの壮大な殿堂を残したという。しかし、天地に異変が起きた後、先人たちは天と意思を通わせる能力を失ってしまった。その後、彼らが衰退してできた多くの村落では、依然として原始的で素朴な信仰を維持している。「玉」というイメージに対する崇拝もの伝統と合わさり、今日の文化の様相を構成するようになった。関連項目:1.3. 「ある魔神」と仙人たち岩王帝君がまだこの地を統治していなかった頃、この地はある魔神が支配しており、多くの夢をもたらした。伝説によると、その魔神は碧い血で染めた玉裳を履き、壊れた銀の車に乗って、底なしの暗い池の下で眠っていたそうだ。魔神戦争が始まる前、彼女はここ沈玉の谷の主として、山野にいる鳥獣や仙の者たちを統べていた。また、碧水川の流れを司り、仲裁者として凡人と鳥獣間の自然の秩序を維持していた。 はその魔神に仕えるだった。は鯉の仙人で、薬君は白蛇の仙人だった。に名前すらなかったころ、はその荒山の主であるを倒した。彼女は霊淵から領地を奪うことはせずに、霊淵、、薬君は後に良き友人となった。はその土地でを執り行い、人間のために水と土を調和した。これによりで栽培されるお茶の味までが人間好みのものに変化した。は喜びに満ちた日で、豊かな一年を祝い、笑い、爆竹や獣舞で厄を払っていた。月光のように温かく艶やかな宝玉を川へと投げ入れ、お告げを聞いたり、水と土の回復や豊潤な気候、堤防の安定を願ったりするようになった。やがて魔神戦争がはじまり、こういった伝統の意義は失われていった。当時、最後に投げ込まれた宝玉はと呼ばれている。薬君は、人の姿となり白い肌で金色の目をしていたと考えられる。自然の知識を活かし薬を作って命を救った。人の姿になれば器用な手を持てるため、薬君にとっては便利だったのだろう。あるとき、薬君は仙樹を植え、樹のある洞府の扉を飾るために彩蝶を集めた。今では洞府の仕掛けは壊れ、樹は枯れてしまったが、彩蝶が残っていさえすれば仙樹は復活すると薬君は言っていた。「彩蝶が壺に集まり、枯れ木を蘇らせる…」「…木々は玄冬に生まれ、栄枯の歳月を重ねる。我が思いは春に逢い、再た盛んに生い茂る…」(*1)*1:「再た盛んに」は「再び盛んに」の誤字の可能性が高いが、ゲーム内表記に倣って記載した。関連項目:1.4. 仙像には多くの仙像がある。かつてよく用いられた儀式精霊で、人々はそれに家を守ってもらっていた。仙像を祀ることで、霊脈を整えることができる。関連項目:2. 2.1. 茶葉の里はで有名な茶葉の里で、茶の木がたくさん植えられていて、質の高い茶葉が採れる。村の老人たちは、が山の上の恐ろしい妖魔を退治し、茶樹を植えて人々を定住させたと信じている。この鯉の仙人を祀るための儀式として、「奉茶儀式」を行っている。かつてはに特別な茶釜を与えたとされている。あるとき、この茶釜に問題が発生したため、の補修技師を招いて調査した。彼女と旅人達の協力によって、茶釜に繋がる三相誘導元素チューナーの問題を解決し、無事に茶釜は元に戻った。関連項目:2.2. 工芸品と藍硯は、茶葉だけでなく、工芸品も有名である。銀や玉の彫刻、布の染色、編み、その他にも、数多くの技術に優れた職人たちを輩出している。まさに「匠の技」という言葉が相応しい。長きに渡って共に生活し、働いてきた人々は、集団利益を確保するために沈玉の谷で工芸品組合を結成した。さらに、折に触れて組合の名前を出し、故郷の名声を高めるために尽くしている。また組合員は仕事上だけでなく、日常生活においても助け合う間柄だ。沈玉の谷の人々は、家具を調達するとき、精巧に造られた木の家具のほか、地元の籐編み職人が作った籐製のものを選ぶことが出来る。籐編みは、籐を集め、加工し、編む…といった複数の段階で構成されている。また、籐にはいくつかの種類があり、それぞれ異なるものに使われる。例えば屏風を作るなら硬い籐が必要だが、花かごを作るのに必要なのは柔らかい籐である。最も有名な籐編み職人はという少女である。さらに、藍硯は若年ながら、籐編みが巧いだけでなく、奇門法術にも詳しい。「技は神に通ず」——ベテランの職人たちは、この言葉を信じている。極限まで技術を磨き上げた者は、神の領域に触れられるという意味だ。神の目を持ち、奇門法術にも多少の心得がある藍硯は、彼らにとっては驚くべき若者なのである。を道場とする方士のように、奇門法術を得意とする藍氏一族は、沈玉の谷に住んでいる。術法の中には籐人形を利用するものがあるため、藍硯の一族は籐編みの技術を重んじている。藍家はまた、の歴史における重要な「」と関係している。「八奇」とは、かつて魔神と戦った八英雄のことだ。そのうち、、、はまとめて「」と呼ばれている。と、の三人は「」と呼ばれ、との「」を含めたこの五人は、みな普通の人間だ。「銀翎翦玉玄鳥」と「万象風角霊官」の間には深い繋がりがある。後者もたいそうな人物であり、沈玉の谷に住む十二の民の出身で、藍氏一門の術法はすべて彼から受け継がれた。しかし奇門法術には、五鬼運来法や、命と引き換えに行使する術があるなどと、しばしば人々から疑いの目を向けられることがある。の最中に、飛雲商会のの曽祖父が倒れて昏睡した際、藍家の籐人形が彼の家で見つかり、人々はその不気味な人形が不幸の原因だと考えた。しかし、その憶測は誤りで、人形にはが貼られており、厄除けの効果があるものだった。また、往生堂のが秘法で死気を焼き払おうとしたとき、藍硯は八門七門の陣に多くの胡桃の姿を模した籐人形を繋げた。そのうちの一つを藍硯自身が持ち、残りの七つを仲間に渡し、死気の衝撃を皆で分担し、胡桃を助けた。関連項目:3. かつて「古華」という侠客が居てという剣の使い手であった。山賊たちは、その光を目にした者は帰れず、死を待つしかないという意味を込めて「幽冥の印」と名付けた。噂によると古華はで、剣を携え世間を渡り歩きつつ、世を救い民を守っていた。世間の悪を正していた時、賊は恐れをなし、郊外の荒野すらも恒久の平和に包まれた。古華は旅の最後、紫色の光の中で星になったという。古華の死後、その恩義を受けた伯玄(もとい白玄上師)が「古華団」を設立し、弟子を自称して遺志を継いだ。したがって、古華は開祖ではあるが、門派の初代宗主ではない。賊たちは古華の名を虎の如く恐れた——虎とは百獣の王のこと。古華の庇護を受けた民衆は敬意を込め、「霊濛堂」と呼ばれていた地を「王山庁」と呼ぶようになった。古華派には槍法「刺明の法」、剣法「裁雨の法」、そして剣と槍の二刀流の「生克の法」の三大鎮派技があり、この三つを総称して「古華三絶」と呼ぶ。その内、「生克」の技は槍と剣を併用する独特の絶技であり、古華派が「槍剣双絶」と呼ばれる所以でもある。当初の「生克」の技は、風や波を断ち、岩や山を砕く力があったそうだ。この三つの秘術は、歴代の当主の工夫によりどんどん強くなり完成の域に達したが、威力だけがどんどん弱くなった。そのせいで古華派は衰退し、門生も去っていった。三つの秘術はお蔵入りになり、次の継承者の出現を待つことになった。あるとき、衰退した古華派にが訪れた。ここ数百年の間で、四年以内に「武理」を悟った者は行秋しかいない。古華の槍や剣術の真髄は「剣を指の如く使う」ことだ。しかし、行秋の考えは違った。槍と剣の使用の根本は「神の目」の使用だと考えた。武人なら「神の目」を自身の体の一部だと思い、そして槍と剣を「神の目」の一部だと考えるべきだ、というのが行秋の考えである。すなわち、槍術と剣術の本質は瞳術そのもの。真理を悟った行秋は、「武理の口訣」を作成し、王山庁に保管されるようになった。長きこと古華派の武を修錬し、其の奥義全て習得せし。古華槍と剣術は古臭く、今変革の時なり。古華の剣、雨に打たれし花びらの如く。花びらは拾えど、雨は拾えず。古華の槍は燃ゆる燈火の如く。燈火は消え、そして又燃ゆ、まるで燃えたり霞のごとし。燃ゆ霞のひかり、何といふかがやきならむ。人は剣を己が身の指とたとえれど、我は剣人の目と思えし。眼差しは物にとらわれず、正に活殺自在の剣なり。其の疾きこと龍の如く、目は剣、橫目は槍なり。残念ながら、古華派の宗家であり、古華宗師が道を悟った「王山庁」を訪れる者はほとんどいない。今の宗主でさえ、たまに顔を見せるのみだ。関連項目:4. 魔神戦争魔神戦争の時代、とのはモラクスと戦った。によると、俗世の神の地位を欲するあまり、あるいは生き残るためにおかしくなったという。二人のはモラクスに勝てる力はなかったため、最後の賭けに出た。碧水川を凄まじい勢いで氾濫させ、下流にあるものすべてを破壊しようとした。と薬君はの人々を守るため、に対して反乱を起こした。薬君はに牙を剥き、はに登り、水かさが増していく川にを落とした。長い年月をかけて溜まった仙力がから解き放たれ、大地は口を開き、川の流れを呑み込んだ。そしては巨大化し、川の流れを安定させた。も協力し、眷属のを連れて人々を襲って、達の用意した避難所へと誘導した。戦いによって、と薬君は力を使い果たし、人の姿を取ることが出来なくなり、姿を消してしまった。5. 沈玉の祝福数千年後、は璃月港に居を構えた。はを離れはしなかったが、力を取り戻せておらず姿を消したままだった。はが完全に死んだわけではないと知っていた。しかし、彼女はの声すら数千年も聞くことが出来なかった。そこで、霊淵はその土地を人々が住む前の自然な姿に戻そうとした。三人とも元々は自然の中から生まれた存在で、かつてこの土地は、川は雨水によって増減し、川の流れる先も自由だった。茶樹と花は剪定も世話も必要とせず、人間のために生きる必要もなかった。その環境なら、も元の姿を取り戻し、再び大河を泳ぎ回ることができるだろうと考えた。そして数千年を費やし、流れる大河の水を一滴ずつ掬うように、広大な砂漠の砂を一粒ずつ拾い上げるように、徐々に霊脈を調整した。次第に谷には濛気が満ち、水と土はかつての「自然」を取り戻そうとしていった。奉茶儀式の茶の香りから水と土の異変に気付いたは、通りがかった旅人とパイモンに助けを求めた。二人は、この地の霊脈との適合性に秀でていたためか、人の姿をしたと対話することができた。彼女は、水と土の異変により茶葉の品質や生産量が悪化し続ければは、人々にとっての存在意義を失ってしまうと考えた。しかし、彼女の力は失われたままで、山や川に溜まった濛気を除去するためのを行うには旅人たちの助力が必要だった。旅人、パイモン、の協力で、はを再現するための力を取り戻した。霊脈の集まる「仙山」にて霊淵を打ち負かし、と霊淵は対話の上、水と土の調和を妨害しないことを約束した。にてはを行い、仙力を一瞬で全体に行き渡らせ、水と土を調和した。彼女はこの儀式によって貯めた力をすべて使い果たした。再び鯉の姿に戻ってしまったが、すべてが終わった後、数千年の時を経た友人との再会を喜んだ。関連項目:

メディア

インフォメーション【沈玉逸聞】Ver.4.4新エリア展示ページ公開!2024/01/23

出典: HoYoWiki (HoYoverse)

関連ガイド

次はこちら…
間違ってる項目をタップ…